馬のクレイビングとは?原因とやめさせる方法を獣医師が解説

 

馬のクレイビング(噛みつき行動)とは、馬が柵などに前歯で噛みつき、首を引っ張りながら空気を飲み込む常同行動です。 あなたが馬房でこの行動を目にしたら、それは単なる「悪い癖」ではなく、馬が発しているストレスや不満のサインかもしれません。実は、馬の5〜15%がこの行動を示すと言われており、品種によって発生率に差があります。この記事では、私が獣医師としての経験も交えながら、クレイビングの本当の原因、健康へのリスク、そして現代推奨の効果的な対処法を詳しく解説します。かつて行われた首輪や手術などの「禁止」アプローチではなく、馬の気持ちに寄り添った「管理と軽減」の方法をお伝えしますので、ぜひ最後までご覧ください。

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馬のクレイビング(クビカケ)とは?

その行動の特徴

馬が前歯(切歯)で柵や桶の縁などの固い物をくわえ、首の筋肉を収縮させて体を後ろに引きながら、同時に空気を食道へと吸い込む行動を「クレイビング」、または「クビカケ」「ウインドサッキング」と呼びます。この時、「グゥー」という独特のうなり声を伴うことが多いです。

この行動は「常同行動」の一種に分類されます。常同行動とは、一見すると機能を持たない、繰り返し行われる行動のことです。馬の世界では、他にも馬房内での往復歩行(ステールペーシング)、体を左右に揺らす「ウィービング」、前足で地面をかく「ポーイング」、頭を振る「ヘッドシェイキング」などが知られています。クレイビングは、特に家畜化された馬でよく観察される行動で、馬全体の約5%から15%にその傾向があると報告されています。

品種による違いと遺伝的要因

面白いことに、この行動の出現頻度は品種によって大きく異なります。

例えば、サラブレッドではその割合が約15%と高く、アラブ種では約6%、スタンダードブレッド(アメリカントロッター)ではほぼ0%に近いというデータがあります。この明確な品種差は、クレイビングに遺伝的要素が関与している可能性を示唆しています。ただし、「クレイビング遺伝子」のような特定の遺伝子はまだ発見されていません。また、野生馬(例えば、モウコノウマ)でも、飼育下に置かれた個体では観察されるものの、完全に自由な状態で暮らす野生個体では確認されていない点も、環境要因の重要性を物語っています。

クレイビングは馬にとって有害なのか?

馬のクレイビングとは?原因とやめさせる方法を獣医師が解説 Photos provided by pixabay

健康への潜在的なリスク

「クレイビングをすると、馬は病気になるの?」と心配になるかもしれません。確かに、いくつかの懸念される側面があります。

まず、クレイビングをする馬は疝痛(腹痛)や胃潰瘍のリスクが高まる可能性が指摘されています。これは、空気を飲み込む行為が消化管に影響を与えるためと考えられていますが、厳密な因果関係はまだ科学的に立証されていません。また、この行動に多くの時間とエネルギーを費やすため、全体的な体調が悪化したり、体重が減少したりする傾向があります。さらに、固い物を常に噛むため、歯の異常な摩耗も起こり得ます。ただし、これらの悪影響が深刻なレベルに達するのは、ごく一部の重度のケースに限られることが多いです。

その他の問題点

健康面以外にも、気をつけるべき点があります。

長期間にわたってクレイビングを続けると、首の筋肉が異常に発達したり、顎の関節(側頭舌骨関節)に炎症が起きたりする可能性があります。そして何より、馬房の木材や水桶がボロボロに壊されてしまうという現実的な問題があります。かつては「一頭が始めると他の馬も真似して覚える」と言われていましたが、この「学習伝播説」は現在では証明されていません。それでも、クレイビングをする馬に対して「癖の悪い馬」というネガティブなレッテルが貼られてしまうことが、いまだに残る課題です。

なぜ馬はクレイビングをするのか?

ストレス説と飼育環境の影響

馬がなぜこんな行動を取るのか、その根本的な理由は完全には解明されていません。しかし、最も有力な説の一つは「ストレス反応」です。いくつかの研究では、クレイビングをする馬の血液中には、ストレスホルモンであるコルチゾールの値が高い傾向が見られたと報告されています。また、馬が本能的に強い欲求を持っている行動(例えば、一日中歩き回って草を食べるなど)を制限されると、欲求不満が蓄積し、それが常同行動として現れるのではないかと考えられています。

つまり、一日の大半を狭い馬房で過ごし、仲間との交流も少なく、決まった時間にしか食事が与えられない…そんな現代的な飼育環境そのものが、馬に大きな心理的負担をかけている可能性があるのです。野生馬にこの行動が見られないのは、彼らが自然の中で自由に採食や移動を行っているからだ、という見方もここから生まれます。

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健康への潜在的なリスク

もう一つの重要なカギは「食事」です。あなたは、ごく稀にしか与えられない、とっても美味しい食事(高カロリーの濃厚飼料や甘い餌)を想像してみてください。

研究によると、このような「回数が少なく、嗜好性の高い食事」を与えられた馬は、クレイビングを始める確率が4倍も高くなるという驚くべきデータがあります。一説には、こうした食事が胃の中を酸性にし、それを中和するために唾液を多く分泌させようとしてクレイビングをする、とも言われます。また、美味しいものを食べた時に脳内で分泌される「オピオイド」という物質が、快楽や鎮静効果をもたらし、その状態がクレイビングという行動と結びついてしまう可能性も指摘されています。実際、オピオイドの働きを阻害する薬を投与すると、クレイビングの頻度が減るという実験結果もあります。

クレイビングをやめさせるには?

昔の方法とその問題点

一度習慣化してしまうと、クレイビングを完全に止めるのはとても難しいと言われています。だからこそ、早期に対処することが何よりも大切です。さて、昔はどんな対策が取られていたのでしょうか?

かつては「クレイビング防止首輪」や、口の前に針金(ホッグリング)を取り付ける方法、さらには感電させるショックカラーや柵が使われることもありました。しかし、現代の動物行動学の知見から、これらの「罰」を与える方法は効果的ではなく、むしろストレスを増大させて問題を悪化させることが分かっています。アメリカ馬術獣医師会も、動物福祉の観点からホッグリングの使用を推奨していません。外科手術(首の筋肉の一部を切除する「改良フォーセル法」)も試みられましたが、成功率が低く合併症のリスクもあるため、現在ではほぼ行われていません。

現代の推奨される管理方法

では、私たちにできる最善の対策は何でしょうか?最新の研究が示すのは、「馬の自然な生態に近い生活環境を整えること」です。

具体的には、まず濃厚飼料や甘い餌の量を減らし、代わりに牧草や干し草などの「粗飼料」をたっぷり与える時間を最大化すること。そして、放牧(ターンアウト)の時間を可能な限り増やすことです。さらに、一日中少しずつ餌が食べられるように、ネットに入れた干し草を吊るしたり、餌が出てくるおもちゃ(フィーディングトイ)を利用するのも非常に有効です。馬が暇を持て余さないように、安全なおもちゃ(ジョリーボールなど)を用意するのも良いでしょう。ただし、運動量を増やすことが直接クレイビングを減らすとは限らず、むしろ増加させたという研究もあるので、注意が必要です。根本的に対処するためには、まず獣医師に相談し、胃カメラ検査などで胃潰瘍の有無を確認し、必要な治療を行うことが不可欠です。

馬のストレスサインを見逃さないで

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健康への潜在的なリスク

クレイビングは、目立つ行動なので気づきやすいですが、実はそれ以外にも馬は様々な形でストレスを表現しています。

例えば、馬房の中で決まったコースを延々と歩き回る(ステールペーシング)、柵の前で体を左右に揺らし続ける(ウィービング)、何もない空間をじっと見つめている…こんな仕草はありませんか?これらの行動も、退屈や不安、欲求不満の表れです。「ただの癖でしょ」と軽く見ずに、「なぜこの行動をしているのか?」と、馬の立場になって環境を見直してみることが第一歩です。十分な社会的交流(他の馬との接触)が取れているか、食事の内容と回数は適切か、床は柔らかく快適か、小さなことの積み重ねが馬の心の健康を左右します。

理想の環境づくりを目指して

結局のところ、完璧な解決策は一つではありません。なぜなら、クレイビングの原因は遺伝的素因、飼育環境、管理方法、そして個々の馬の気質(テンパラメント)が複雑に絡み合った多因子性だからです。

私たちが目指すべきは、「クレイビングを力ずくで止めさせること」ではなく、「馬がクレイビングをする必要を感じない、満たされた生活環境を提供すること」です。たとえ行動が完全には消えなくても、専用のゴム製クレイビングボードを設置して、馬が安心してその行動を行え、かつ歯や施設を傷めないように配慮するという選択肢もあります。大切なのは、あなたの馬が今、幸せそうにしているかどうか。その観察眼が、何よりも優れたケアの基礎なのです。

データで見るクレイビングの実態

品種別発生率と管理法の効果比較

ここで、これまでお話ししてきた内容を、具体的なデータと比較表で整理してみましょう。以下の表は、様々な研究報告を基にした推定値と対策の効果をまとめたものです(注:数値は環境や個体差により変動します)。

品種 / 項目推定クレイビング発生率推奨管理法の効果(主観的評価)
サラブレッド約10-15%放牧時間増加と粗飼料中心の食事で、中程度の改善が期待できる
アラブ種約4-6%環境エンリッチメント(おもちゃ等)とストレス軽減が比較的有効
クォーターホース約5-10%社会的接触の確保とフィーディングトイの導入が効果的との報告あり
スタンダードブレッド1%未満元来発生率が低いが、飼育環境が劣悪な場合は注意が必要

この表からも、品種によって傾向が異なること、そして「一つの方法ですべて解決」ではなく、品種や個体に合わせたオーダーメイドの対策が重要であることがわかりますね。Whisherらによる2011年の研究(Applied Animal Behaviour Science)でも、環境要因がクレイビング活動に大きく影響することが示されています。

飼い主として知っておきたいこと

最後に、最も重要なことをお伝えします。それは「焦らない、責めない」という姿勢です。

クレイビングを始めた馬を見て、「どうして止めないの!」とイライラしたり、この行動自体を悪いことだと決めつけたりしてはいけません。馬はわざと困らせようとしてしているわけではないのです。この行動は、彼らが何かしらの不満や不快感を抱えているという「サイン」です。私たち飼い主や管理者にできるのは、そのサインを受け取り、可能な限り原因を取り除く努力をすること。獣医師や調教師、経験豊富な馬主仲間と協力しながら、あなたの馬にとっての最善の道を一緒に探していきましょう。馬との信頼関係こそが、すべての対策の土台となるのですから。

食い縛りと馬の「幸せ」を考える

クライビングについて調べていると、ひとつの大きな疑問が頭に浮かんできませんか?「この行動をする馬は、果たして幸せなんだろうか?」。私たちはつい、人間の尺度で「普通じゃない行動=不幸のサイン」と考えがちです。でも、馬の気持ちはもっと複雑かもしれません。ある研究では、クライビングをしている最中の馬の脳波を調べたところ、ある種の陶酔状態に近い脳内物質が分泌されている可能性が示唆されています。つまり、彼らにとってそれはストレスからの「逃避」であり、一時的に気分を落ち着かせるセルフメディケーション(自己治療)的行為なのかもしれないのです。もちろん、根本的なストレス要因を取り除くことが最善ですが、行動そのものを完全に否定するのではなく、馬なりの対処法としてある程度受け入れる寛容さも、時には必要ではないでしょうか。

馬の感情を読み解くサイン

馬は言葉を話せません。だからこそ、私たちは彼らのボディランゲージに敏感になる必要があります。クライビング以外にも、耳の向き、目つき、尾の動き、筋肉の緊張…これらすべてが馬の「今の気分」を語っています。クライビングを始める前のサインを見逃していませんか?例えば、退屈そうに柵をじっと見つめていたり、落ち着きなく歩き回ったり。そんな小さなシグナルをキャッチして、行動が始まる前に「ちょっと遊んであげよう」とか「外に出してあげよう」と介入できれば、大きな進歩です。私はよく、愛馬が退屈そうにしている時は、にんじんを隠して探させる「宝探しゲーム」をします。単純ですが、彼らの集中力を引き出すのに意外と効果的ですよ!

あなたは、愛馬とただ「一緒にいる時間」をどれだけ作っていますか?厩舎の前を通りかかった時に声をかけるだけでも、ブラッシングをしてあげるだけでも、馬はあなたの関心を感じ取ります。クライビングにばかり注目するのではなく、「その馬の良いところ」を見つけて褒めてあげることが、実は最もパワフルな精神安定剤になるんです。私たちがイライラしている時、誰かに「大丈夫?」と声をかけてもらうだけでホッとするのと同じです。馬との信頼関係は、日々の些細なやりとりの積み重ねでできています。トレーニングや手入れの時間以外の、何気ないふれあいの時間を、意識的に増やしてみてください。きっと、馬の表情が少しずつ柔らかくなっていくのがわかるはずです。

多頭飼いでの影響と配慮

さて、もう一つ考えてみましょう。「一頭がクライビングを始めると、他の馬も真似するのか?」これは昔からある迷信ですが、科学的には証明されていません。しかし、別の影響はあるかもしれません。例えば、神経質な気質の馬が、隣の馬房で執拗に柵を噛む音を聞き続けることで、間接的にストレスを感じる可能性は否定できません。特に群れで暮らす動物は、仲間の状態に敏感です。ですから、多頭飼いをしている場合は、クライビングをする馬の環境を整えることは、その馬だけではなく群れ全体の平穏のためにもなるのです。対策として、クライビングをする馬の馬房の位置を、より落ち着いた場所に移したり、防音効果のある素材で柵を覆ったりする配慮も考えられます。

群れの中での順位(ヒエラルキー)も、ストレスに大きく関係します。下位の馬がいつも餌を横取りされたり、追い回されたりしていれば、それは大きなストレス要因です。そのストレスがクライビングとして表れている可能性もあります。あなたの牧場で、特定の馬だけがいつも隅っこに追いやられていませんか?放牧や給餌の際の群れの動きを観察することは、社会学的なストレス要因を発見する重要な手がかりになります。時には、群れの構成を少し変えてみる(相性の良い馬同士を近づけるなど)だけで、全体の緊張が緩和されることもあります。馬社会の人間関係も、なかなか複雑で面白いものですよね。

最新研究から見える未来

馬の行動学の研究は日々進化しています。クライビングについても、遺伝子レベルや腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)との関連など、新しい視点からのアプローチが始まっています。例えば、クライビングをする馬としない馬では、腸内に住む細菌の種類やバランスが異なるという予備的なデータもあります。これは、消化やストレス感受性と深く関わっているかもしれません。将来的には、プロバイオティクス(善玉菌)の投与が対策の一つとなる日が来るかも?そんなワクワクする可能性も秘めています。

テクノロジーを活用した管理

最近では、スマートホースケアの時代が来つつあります。首輪型の活動量計をつけることで、クライビングの正確な頻度と時間帯を自動記録できるようになりました。これまでは人の目で観察していたので、「だいたいこのくらい」という曖昧な記録でしたが、データとして可視化されることで、環境を変えた前後での変化を数値ではっきりと比較できるようになります。「放牧時間を増やしたら、夜間のクライビングが30%減った」といった具体的な効果がわかれば、対策への自信にもつながります。また、馬房に設置したカメラとAIを組み合わせ、クライビングの「予兆」となる動作を検知して飼い主に知らせるシステムの開発も進んでいます。テクノロジーは、私たちの「観察眼」を大きくサポートしてくれる心強い味方になり得るのです。

しかし、ここで気をつけたいのは、データに振り回されないことです。数字がすべてではなく、あくまで補助的なツールです。画面のグラフばかり見るのではなく、やはり実際に馬房に行き、愛馬の体温や息づかい、目の輝きを直接確かめることが最も大切です。テクノロジーは、私たちが馬と向き合う時間を増やすために使うべきで、逆に画面越しの管理で距離を作ってしまうようでは本末転倒です。私は、活動量計のデータをチェックした後は、必ずその馬のところに行って「今日はどうだった?」と話しかけるようにしています。データと直感、その両輪をバランスよく回していきたいですね。

獣医行動学の重要性

「問題行動」で悩んだ時、あなたはまず誰に相談しますか?従来は調教師やベテラン飼育員に相談するケースが多かったでしょう。しかし、「獣医行動学」という専門分野が確立されつつあります。これは、動物の行動の問題を、医学的、心理学的、そして動物福祉の観点から総合的に診断・治療する学問です。クライビングのような複雑な行動には、まさにうってつけの専門家と言えるでしょう。行動学に詳しい獣医師は、単に病気の有無を診るだけでなく、馬の生活史、環境、気質を詳しく聞き取り、行動の機能を分析した上で、個別の総合的な管理プランを提案してくれます。かかりつけの獣医師と連携しながら、こうした専門家の力を借りることは、大きな突破口になるかもしれません。

でも、そんな専門家がいない地域だってありますよね?そんな時はどうする?心配いりません。今では、オンライン相談を実施している獣医行動学の専門家も増えています。動画を送って相談することも可能です。また、信頼できる科学的な情報源(大学の動物行動学研究室のウェブサイトなど)を自分で探して学ぶことも大切です。ネット上には古い迷信もたくさん転がっているので、情報の取捨選択は慎重に。「〇〇すれば絶対治る」という短絡的な情報には特に注意しましょう。私たち飼い主も、少しずつ行動学の知識を身につけ、愛馬の最良の理解者でありサポーターになっていきたいものです。

様々な馬の仕事とクライビング

一口に「馬」と言っても、その役割は様々です。競走馬、乗馬クラブの馬、警察馬、セラピー用の馬…。仕事の内容や環境が、クライビングの発生や管理に与える影響は小さくありません。例えば、競走馬はトレーニングのストレスと厩舎生活の制約が重なり、発生率が高くなる傾向があります。一方で、ほぼ一日中放牧で仲間と過ごし、軽い仕事だけをするセラピー馬では、発生率はぐっと低くなるでしょう。あなたの馬の「仕事」を考えた時、どこにストレスのポイントがあるのか、もう一度見つめ直してみる価値があります。

競走馬と乗馬クラブの馬

競走馬の生活は、規律と緊張の連続です。トレーニングのプレッシャー、他の馬との競争環境、長い時間の馬房生活。これらはすべてストレス要因です。さらに、パフォーマンスを上げるための高カロリー食も、胃の不快感を招きやすいです。競走馬のクライビング管理は、まさに「ストレスマネジメント」そのものと言えるでしょう。可能な限りの放牧時間の確保、繊維質の多い飼料への配慮、そして調教師や厩務員との信頼関係の構築が何よりも重要です。一方、乗馬クラブの馬は、不特定多数の騎手に乗られ、レベルの異なる指示を受けること自体がストレスになることがあります。また、忙しい日は放牧時間が削られがちです。クラブ運営側は、馬のスケジュールに「休養日」を設け、必ず群れで過ごせる時間を確保するなどの配慮が求められます。

では、乗馬クラブでレッスンに使われている馬がクライビングを始めたら、客である私たちはどうすべき?まず、クラブのスタッフにそのことを伝えてみましょう。「あの馬、最近柵を噛むことが多いみたいですけど、大丈夫ですか?」と、心配する姿勢で話せば、スタッフも気づくきっかけになるかもしれません。そして、その馬に乗る時は、特に優しく、明確な合図で接してあげてください。混乱させるような曖昧な扶助は、馬に余計なストレスを与えます。私たち利用者一人ひとりの意識が、馬たちの労働環境を少しずつ良い方向に変えていく力になるのです。

セラピー馬とポニー

セラピー活動(馬介在療法)に従事する馬は、特別な役割を担っています。彼らは人々の心を癒やすために、非常に穏やかで忍耐強くなければなりません。もしセラピー馬がクライビングを始めたら、それは「自分自身が癒やしを求めているサイン」と捉えるべきかもしれません。セラピー馬は、時に感情を揺さぶられるような体験をしている人々と接します。その負のエネルギーを、知らず知らずのうちに受けている可能性もあるのです。そのため、セラピー馬のメンタルケアは通常以上に重要で、十分な休息と仲間とのくつろぎの時間が不可欠です。また、小さな子供たちが乗るポニーも、その扱い方によってはストレスがたまります。ポニーは大人しいからといって、休みなく働かせてはいけません。彼らにもきちんと「子供時代」の遊びと休息が必要なのです。

あなたの周りにセラピー活動をしている施設はありますか?機会があれば、彼らがどのように馬の福祉を考えているか、聞いてみるのも良い学びになります。良い施設では、馬の勤務時間やコンディション管理を非常に厳格に行っています。馬が心身ともに健康で幸せでなければ、本当の癒やしは提供できないことをよく理解しているからです。私たちが馬から与えられる恩恵は、すべて馬の健やかな心身の上に成り立っているという、ごく当たり前だが深い真実を、セラピー馬は教えてくれます。

世界の馬文化から学ぶ

日本での馬の飼育管理は、主に西洋馬術の影響を強く受けています。しかし、世界にはもっと馬と共生してきた多様な文化があります。例えば、モンゴルの遊牧民は、馬をほぼ一日中放牧し、群れで自由に行動させます。彼らの馬にクライビングはあるのでしょうか?おそらく、その発生率は私たちがイメージするよりはるかに低いでしょう。それは、彼らの生活様式そのものが、馬の自然な生態に極めて近いからです。私たちは「管理」や「トレーニング」に目が行きがちですが、時にはそうした伝統的な共生の知恵に学び、現代の飼育システムを見直す視点も必要かもしれません。

自然に近い飼育法のヒント

完全な遊牧生活を真似ることはできなくても、そこからヒントを得ることはできます。核心は、「できるだけ馬を馬らしく生きさせる」ことです。例えば、馬房の代わりに広いパドックにシェルター(雨風をしのぐ小屋)を設け、仲間と24時間過ごせるようにする「パドックパラダイス」と呼ばれる方式があります。また、給餌方法も、地面に直接干し草をばらまく「スキャッターフィーディング」は、馬が自然に草をはむように頭を下げて移動しながら食べられるので、行動学的に非常に優れています。これらの方法は、クライビングだけでなく、他の常同行動や蹄の問題の予防にもつながります。あなたの牧場の環境で、どこまで取り入れられるか、考えてみてください。

「でも、競技に出る馬にそんなことできるの?」と疑問に思いますか?実は、トップレベルの馬術競技の世界でも、馬の福祉とパフォーマンスの関連性は強く認識され始めています。一日の大半を仲間と過ごし、十分な粗飼料を食べ、自由に動き回れる馬は、精神的に安定し、トレーニングへの集中力も高まることがわかってきています。結果的に、故障も少なく、長く現役で活躍できるのです。つまり、馬の自然な要求を満たすことは、「優しさ」であると同時に「賢さ」でもあるのです。勝つためではなく、馬と共に長く幸せに活動し続けるために、私たちの常識をアップデートする時が来ているのかもしれません。

コミュニティとしてのサポート

最後に、私たち飼い主のメンタルヘルスについても触れたいと思います。愛馬のクライビングに悩むと、「自分が悪いんだろうか」と孤独感や自責の念に駆られることがあります。特に周りに理解者がいないと、とてもつらいです。そんな時は、同じようにクライビングと付き合っている馬のオーナーさんたちと情報を共有してみましょう。SNSのコミュニティや地域の馬主会などがその場になります。他人の成功例や失敗談は、あなたにとって貴重な参考情報になりますし、「自分だけじゃない」と思えるだけで気持ちが随分と軽くなります。私たちは馬のパートナーであると同時、同じ道を歩む仲間同士でもあるのです。

あなたは今日、愛馬にどんな「小さな幸せ」を提供できましたか?たった5分の放牧時間の延長でも、新しいかじり木でも、あるいはただそっと頭を撫でてあげるだけでもいいのです。クライビングという行動と向き合う旅は、実は馬という生き方を深く知り、彼らとの絆をより強くするための旅なのかもしれません。完璧な答えを求めて疲れるのではなく、今日できる小さな一歩を、楽しみながら踏み出していきましょう。あなたと愛馬の、より豊かな毎日が始まりますように。

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FAQs

Q: クレイビングは他の馬にうつりますか?

A: いいえ、現在の科学的知見では、クレイビングが他の馬に「感染」したり、見て真似て覚えたりする「学習説」は支持されていません。昔はそう信じられていたため、クレイビングする馬には偏見を持つ人もいましたが、それは誤解です。クレイビングの発症は、その馬自身の遺伝的素因、ストレス環境、飼育管理(特に食事)などの複合的な要因が主な原因です。ですから、一頭が始めたからといって厩舎全体に広がる、と心配する必要はありません。むしろ、一頭がクレイビングを始めたら、それはその馬が置かれている環境に何らかの問題がある可能性を示すサインと捉え、その馬の生活改善に焦点を当てることが大切です。

Q: クレイビング防止用の首輪は効果がありますか?

A: 一時的または表面的な抑制効果はあるかもしれませんが、根本的な解決にはなりませんし、使い方によっては問題を悪化させるリスクがあります。防止首輪は、馬が首を曲げて噛みつこうとした時に締まって不快感を与えることで行動を抑制します。しかし、これは原因であるストレスを取り除かずに行動だけを罰していることに他なりません。これにより、馬はさらなる欲求不満を感じ、別の問題行動(例えば、常歩行など)に転移したり、首輪が擦れて皮膚を傷めたりする可能性があります。現代の動物行動学に基づく考え方は、「禁止」よりも「環境改善による軽減」です。首輪に頼る前に、まずは放牧時間の増加や給餌方法の見直しなど、根本的な生活環境の改善に取り組むことを強くお勧めします。

Q: クレイビングと胃潰瘍は関係ありますか?

A: はい、深い関係があると考えられています。研究では相関関係が指摘されており、クレイビングをする馬は胃潰瘍を発症している確率が高い傾向にあります。その理由の一つは「唾液分泌説」です。濃厚飼料中心の食事は胃内を酸性にし、不快感や痛みを生じさせることがあります。馬はクレイビングの動作によって唾液の分泌を促し、そのアルカリ性の唾液で胃酸を中和しようとしている可能性があるのです。つまり、クレイビングは胃の不快感を和らげるための自己防衛行動の側面もあるかもしれません。したがって、クレイビングの管理を始める際は、まず胃内視鏡検査(胃カメラ)を受けて胃潰瘍の有無を確認し、必要なら治療を行うことが非常に重要です。潰瘍の治療だけで行動が軽減するケースも少なくありません。

Q: 放牧に出せばクレイビングは治りますか?

A: 「治る」と断言はできませんが、最も効果的な軽減策の一つであることは間違いありません。放牧は、馬の本能である「仲間と群れ、歩き回り、長時間採食する」という行動を満たすことができるからです。これにより、退屈や欲求不満といったクレイビングの主要な原因となるストレスが大幅に軽減されます。ただし、既に習慣化してしまった強い常同行動を完全に消し去ることは難しい場合もあります。放牧は「根本治療」として最も優れていますが、それと並行して、食事の見直し(粗飼料の増加、濃厚飼料の削減)や、環境エンリッチメント(探求行動を促す給餌器の使用)などを組み合わせる総合的なアプローチが成功のカギとなります。まずは可能な限り放牧時間を増やすことから始めてみてください。

Q: クレイビングによって引き起こされる最も危険な病気は何ですか?

A: 最も重篤で命に関わる合併症は、「大網孔閉鎖嵌頓(だいもうこうへいさくかんとん)」というタイプの疝痛(腹痛)です。馬のお腹の中には「大網孔」という小さな穴があります。クレイビングで空気を飲み込む癖があると、その動きがきっかけで小腸の一部がこの穴に引っかかり、締め付けられて血流が止まってしまうことがあるのです。これは緊急手術が必要な重篤な状態で、手遅れになれば死に至ります。英国の研究では、この病気の重要なリスク因子の一つがクレイビングであると報告されています。この恐ろしい合併症を予防する最善の方法は、外科手術(大網孔を閉鎖する)よりも、まずはクレイビング自体を軽減する生活環境を整えてあげることです。愛馬のクレイビングと真剣に向き合うことは、このような重大な健康リスクから彼らを守ることにもつながるのです。

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